2011年5月1日日曜日

書評: 丁稚のすすめ

さて、今回、読んだのはこの本だ。

「丁稚のすすめ」 ~夢を実現できる、日本伝統の働き方~
秋山利輝著 幻冬舎出版(1,400円)


出会いのきっかけは、実は昨年。アメリカ(シアトル)に向かう飛行機の中、シートテレビで何気なしに見た「ガイアの夜明け("ゆとり世代”を鍛えろ!~人間性をみがく魂の人材育成~)」だった。

強烈なインパクトがあった。間違いなく日本・・・いや、世界最高峰の技術を持ちながら、人を育てるプロでもあろうとするその徹底した姿勢。そこに日本で忘れられつつある真の”職人”というものを見た気がした。その場で、すぐに”秋山木工”という名を手帳にメモした。

さて、その秋山木工を経営する秋山利輝氏だが、いったい誰なのか?

『1943年奈良県生まれ。中学卒業とともに、家具職人への道を歩み始め、1971年に秋山木工を設立。氏の家具は迎賓館や国会議事堂、宮内庁、有名ホテルなどでも使われている。スパルタ教育で職人を育てる独特の研修制度でも注目を集めており、テレビや雑誌の取材も多い』

■人間性6割、技術4割

この本は、秋山利輝氏が実践する研修制度・・・徒弟(とてい)制度について、弟子選びにはじまって、仕事上・生活上のルール、弟子への接し方、独立のさせ方・・・その全てを語っているものだ。もちろん、テレビ番組で触れられてはいない内容も多く含まれている。

文中、氏は次のように語っている。

『職人とは”人間性6割、技術4割”だと考えています』と。

職人と言えば、自分の腕で飯を食う人たちのはずだ。なぜ、そこに人間性6割が入り込む余地があるのか?

氏によれば、そもそも”できた職人”とはお客様の前で自分の腕前をスマートに披露できる人なのだそうだ。たとえば、どんなに事前に寸法を測っておいたとしても、設計図どおりに1寸の違いなく作ることができたとしても、お客様先へ運んだときに最初からピッタリとフィットしないケースはゴマンとあるのだそうだ。そんなときでも、慌てず堂々とした態度で、お客様と知的会話を弾ませながら、お客様になるべく仕上げの作業を見せずに短時間でフィットさせるように仕上げる・・・そう、つまりパフォーマーでなくてはならない、と言っている。

これは言い替えると、立派な家具を作ることが職人の目的なのではなく、立派な家具を(いわば”魔法のように”)作ることを通じてお客様に信頼と喜びをあたえる・・・それができるのが”真の職人”ということなのだろう。技術一辺倒の人間ではこれができない、というわけだ。

そして技術を伝えるだけなら本を読んでもらったり一般的な指導で事足りるかもしれないが、人間性を育てるためには寝食をともにしなければ伝えられない、という。それゆえの徒弟制度なのだ、と。

■ルール全てに理由がある

私は徒弟制度というと、師匠が先輩を敬う場であること、そして、理不尽さを教える場であること、といったことを漠然と思っていた。「世の中には理屈の通らないこともあるんだよ」ということをいわんがために、意味もなく無理難題を弟子に押しつけ、苦労させ、世の大変さを分からせる・・・そんなことばかりの世界なのかなと思っていたのだ。

実際、秋山氏が取り入れているルールは厳しいものばかりである。

・朝5時に起床、6時からジョギング
・頭は坊主
・平均睡眠時間3~4時間
・最初の4年間は恋愛一切禁止
・8年後には会社を辞めさせる、など

研修初日には、自己紹介だけでなく、同期の同僚紹介を完璧にできるようになるまで何時間でも続けさせる・・・なんてこともするそうだ。

しかし、本の中ではこうした1つ1つのルールについて、きちんと理由を説明している(もちろん、叱られる本人にその理由を伝えているかどうかはわからないが・・・)。そして、その理由1つ1つがいちいち筋がとおっているのだ。

ちなみに、私が個人的に面白いなと感じたのは、恋愛一切禁止の理由だ。その理由は、最初の4年間は一人前になるために、一心不乱に仕事に集中して欲しいからだと言うが、次のようにも述べている。思わず納得して、うなってしまった。

『輝いているときに恋愛をした方がいい、ということです。自分が輝いているときの方が、相手のことを深く見ることができ、良い関係を築けると思うのです』

■秋山利輝氏の存在を知っている人も、知らなかった人も・・・

秋山利輝氏の存在を知らなかった人には、チャンスがあればぜひ読んでもらいたい本だ。私のようにテレビを見て彼の存在を知っていた・・・という人も、先述したような1つ1つのルールの背景・・・そして、そのような仕組みを作った人物・・・秋山利輝とはいかなる人か?その生い立ちを知ることができるという意味で、この本を読む価値は十分にある(ただし、あっという間に読めてしまうので、中には分量的に物足りなさを感じる人がいるかもしれない)。

そもそも人間性6割、技術4割・・・この考え方は、木工職人に限らず、ほかの多くの人にも当てはまることではなかろうか。

専門家の人には、人に教えることがいかに自分の技術を高めることにつながるかという事実を知ってもらいたい。会社のマネジメントの立場にいる人には、人を育てるということがどういうことなのかを知ってもらいたい。自分の将来に悩んでいる若者には、苦労しているのは自分たちだけではないのだということ、そして秋山木工のようにやる気のある人を受け入れてくれる場があるのだということを知ってもらいたい。そして子を持つ親にも読んでもらいたい。先述したとおり秋山氏は人間性を教育するには寝食ともにする必要があると語った。最も寝食共にできる人・・・それは誰か? 学校の先生でも会社の上司でもない。それは親である。親こそ我が子に、人間性を教える立場に・・・最も身近にいる存在なのである。子に何ができるのか、すべきなのか、そのヒントを得るためにも読んでもらいたい。

本書は、そんな本である。



※(参考)秋山木工のホームページ → http://www.akiyamamokkou.co.jp/

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