「大前研一の新しい資本主義の論点」
~世界の何がどう変わったか、新しい現実を知る必要がある~
編者:大前研一、ダイヤモンド社 1,600円
100年に1度の経済危機とまでうたわれた2008年のいわゆる”リーマンショック”。2011年の東日本大震災は日本の大陸を3メートル東に動かしたというが、この経済危機は何を動かしたのか?どうやら、変化したのは、単に企業の売上げだけではなく、プレーヤーが競争を繰り広げるバトルフィールド(市場構造)自体が大きく変化したようである。
「では具体的に何がどう変化したのか?」
大前研一氏が、この問いに1つの方向性を指し示すべく、様々な専門家が意見を寄せるグローバルマネジメント雑誌”ハーバードビジネスレビュー誌”の中から28の論文を厳選し、また、これに彼自身の論文を加え、まとめたものが、この本である。
危機後の様々な変化によって生まれた状態は何か
”(リーマンショックのような)危機後の様々な変化によって生まれた状態”のことをニューノーマルと呼ぶらしい。このニューノーマルについて29の論文に目を通すと、なるほどいくつかのヒントが見えてくる。勿論、中身を全て紹介することはできない(し、するつもりもない)が、その論点は、大きく以下の3つのテーマに集約できる。
・資本主義における前提条件の変化
・主役の交代
・新しい技術の登場
「資本主義における前提条件の変化」とは、簡単に言えば、これまで”正しい”と思い込んできた2つの法則が実は違っていた・・・ないし変わりつつあるということである。その2つのこととは「どうやら人は必ずしも予測できる行動をとる動物ではない、ということ」、そして「企業は株主さえ見ていればいいわけではらしい」ということである。本では、専門的な言葉で前者を「行動経済学」、後者を「ステークホルダー資本主義」(または「マルチ・ステークホルダー・アプローチ」)などと呼んでいる。
「主役の交代」とは、世界経済を牽引する主役が、先進国から新興国へ移りつつある、ということだ。リーマンショックは世界同時不況と言われることもあるが、実は、この不況下でも大きな経済成長を続けている国々がある。それが中国やインドのような新興国である、というわけだ。大前氏はさらに考えを前進させ「人口が5千万人以上で、平均年齢が20代後半、国民の教育レベルが高く、政治が安定している国」が、今後、キープレーヤーになると主張する。しかるに、BRICs(ブリックス:ブラジル、ロシア、インド、中国)やVISTA(ヴィスタ:ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)に目を向けるべきであるというわけだ。
大前研一氏をはじめ、他の28の論者の多くが、実はこの”主役の交代”を通じて、我々はどういったことを考慮するべきか?について言及している。「新興国によるM&A」「新興国の環境分野への進出」「ホームレスマネーの行方」「グローカリズム」「意志決定のアウトソーシング」・・・などなど。
そして最後に「新しい技術の登場」では、今後、企業が依存するインフラを大きく変える可能性のある技術をいくつか紹介している。セマンティックウェブ(インターネット上にある無数のホームページをより有効活用できるようにするための技術)やナノスケールセンサー(文字通り、極めて小さいながら各種センサーとしての機能を果たすもの)、DSSC(色素増感太陽電池)など、それほど世間で知られていないキーワードがいくつも取り上げられている。
経営戦略を考える立場の人に・・・
大前氏は、”まえがき”で、次のように述べている。
『私の考えと異なるものもあるが、新時代に対する彼ら(各国の政治指導者やグローバル企業のアドバイザー、もしくは経済的リーダー達)のアイデアからは、現状分析と戦略策定に関わる思考のヒントが得られるはずだ。リーダーたる者、一度は読むべき論考である。』
自分たちの戦場(市場)を理解した上で、企業は「経営リソースをどこに投入すべきか?」「何に意識した組織体制作りを行うべきか?」「製品・サービスをどうすべきか?」「カントリーリスクをどう管理すべきか」など、経営目標や戦略、リスクマネジメントのあり方などを、今一度、練り直す必要がある。その意味で、企業選びに迷っている人、企業の経営者や経営企画に携わる人、部長職以上の人は呼んでおきたい本かもしれない。
大前研一流・・・二次利用モデルにも学ぶ
この「大前研一の新しい資本主義の論点」を読み終えて、ふと、板橋 悟氏が「ビジネスモデルを見える化する ピクト図解」という著書の中で「既にある情報を再加工して付加価値をつけて、販売するビジネスモデルを”二次利用モデル”と呼ぶ」と言っていたことを思い出した。これは雑誌社が良く採用するモデルで、たとえば、週刊雑誌に連載した漫画を、単行本の形に再編集して販売するというビジネスモデルのことだ。そう、大前研一氏も、良くこのモデルをよく使う。そして、この本もそれに近いものだ。
この本のために、氏が新たに書き下ろした文章は”まえがき”だけである。それ以外は、氏が選定した28論文をダイヤモンド社が日本語に翻訳し、それを氏が整理・分類した本である。実際、私自身2年前からハーバードビジネスレビュー誌をとりよせているが、ここに選定された論文の半分以上は、私が読んだ記憶のあるものだ。
勘違いしないでもらいたいのは、「だから、この本の価値は低いのだ」とか「大前研一氏は最低である」とかそんなことを言いたいのではない。
既読のものでありながら、あらためて氏によって取捨選択、整理・分類された形で読んで見ると、今までそれほど意味を持って頭に入ってこなかったものが、明確な意味を持って、頭の中にスラスラと入ってきた(日本語のせいもあるかもしれない:笑)。
今回、この本を読んで、改めて、整理・分類された情報が、それを提供する側にとっても、提供される側にとっても重要な付加価値になるものか、ということをも思い知らされた・・・私にとっては、そんな点でも、価値のあった一冊となった。
0 件のコメント:
コメントを投稿