わたしは”リスクマネジメントコンサルティング”を生業(なりわい)にしているため、実は防災や事業継続計画(BCP)といったキーワードが出てくるような書籍に目を通す機会が少なからずある。今年読む予定の52冊の中に、1冊くらいそういった関係の本が入っていてもバチは当たらないだろう・・・ということで、今回は、私の会社とおつきあいのある方が書かれた本を拝読することにした。
地域防災力を高める ~「やった」と言えるシンポジウムを!~
著者:山崎登 出版社:近代消防社 1,800円
発行日: 2009年11月7日
■防災についてのこれからのあり方を提言する本
この本は、洪水や地震、津波、土砂、火山など主要な災害における近年の被害の傾向と、これまでに効果を発揮してきた(あるいは、しつつある)災害対策について、著者自身の考えをまとめたものである。うんちく的な内容も多く含まれている。
山崎登氏の主張を簡単に述べると、以下の通りである。
【主張】
これからは公助(国主導の防災活動)だけではなく、自助(自力で助かるようにするための活動)・共助(地域の中で助け合うことを前提とした活動)へ注力することが必要である
【論拠】
自然災害に対して、行政のリソースだけで対応していくには限界がある。
【裏付け】
・土砂災害について国の防災活動で一定数まで犠牲者の数を減らすことに成功したが、横ばいが続いている
・災害時に出る犠牲者の多くを高齢者が占める中、高齢化社会化が進んでいる
・過去の震災時でも、国よりも地域の仲間によって助けられた人が圧倒的割合を占めている
■NHK解説委員ならではの視点が面白い
失礼を承知で発言しておくと・・・面白くなさそうなタイトル(しかも、最初はサブタイトルの意味が良く分からなかった)だったので、正直、最初は読むのにかなり抵抗があった。仕事がら読むべき・・・という思いだけで、本を手に取ったことは否定しない。ところが・・・意外や意外、内容が非常に充実している。最初は、パラパラとめくって気になるところだけ目を通すだけのつもりだったが、振り返れば結局、ほとんど全てのページに目を通していた。
なぜ興味を持って読むことができたのか?
一番の理由は、本に説得力があることだろう。著者の山崎登氏はNHKの解説委員※であり、数多くの現場を見聞きし、また様々な専門家と議論をかわしてきた人だ。豊富なデータや実際の経験に基づいて、主張されているので書かれていること全てに説得力がある。たとえば、氏は、共助(地域防災)の重要性を裏付ける根拠として、阪神大震災では、要救助者3.5万人のうち2.7万人(約80%)が近隣住民などにより救出された事実を挙げている。また、次のようなデータを挙げて、水害に対する地域での取り組みの重要性を訴えている。
【1時間に50ミリ以上の激しい雨が一年間に降った回数を過去10年ごとの平均】
・1977年~1986年: 200回
・1987年~1996年: 234回
・1997年~2006年: 313回(※2004年1年だけで470回)
※下水管はおおよそ1時間に50ミリ程度の雨の排水を上限に設計されていることが多いとのこと。つまり、この降雨量を超えると、下水管の水が溢れ、床下・床上浸水など様々な被害を生じさせることになる
本が面白い二番目の理由としては、やはり”地域防災”という、一般ではあまりない視点に焦点をあわせていることだろう。地域防災から見えてくる興味深い視点の1つとして、著者は、被災後に地域に残されるモニュメントを取りあげている。「なに、モニュメント!?」と思うかもしれない。しかし「災害は忘れた頃にやってくる」ものであることを考えると、後世の人に危機意識を共有し続けるためにはこういった活動もバカにできないのだと思う。ちなみに、以下は、岩手県宮古市にある石碑に刻まれた言葉だそうであるが、東日本大震災が起きた直後の今は、この言葉の重みがひしひしと伝わってくる。
『高き住居は児孫の和楽 想え惨禍の大津浪 ここより下に家を建てるな』
最後に本が面白い理由としては、報道に携わる人ならではの視点を持って書かれたものであることを挙げられるだろう。たとえば、報道のあり方・・・すなわち、災害についての警告を発信する際の言葉使いのあり方や、その際にどのような媒体を使って訴えかければ、被災地域の人々に声が届く確率があがるか・・・などといったことについても触れている。
■地域全体の安全を考える立場の人に・・・
本は全部で約300ページ超、全三章から構成されている。
第一章:
地域の防災力を高めるために
第二章:
1. 増える豪雨と洪水対策
2. 地震の被害を防ぐ
3. 津波の被害を防ぐ
4. 土砂災害の被害を防ぐ
5. 火山の噴火被害を防ぐ地域の力
6. 地域の防災に消防の力を生かす
第三章:
シンポジウムの作り方、進め方
気がついた人もいるかもしれないが、第三章には「シンポジウムの作り方、進め方」という項目が入っている。”シンポジウム”とは、フォーラム(公開討論会)のようなものだが、なぜそのようなテーマが含まれているのか・・・疑問のわくところだ。これは著者がNHK解説委員であり、シンポジウムの司会者を依頼されることが多いためだろう。地域防災をしっかりと普及啓発させていくためには、「意味のあるシンポジウムを開くための工夫をして欲しい」・・・という著者の切なる願いが伝わってくる。
以上の点から、著者は私のようなリスクマネジメントに携わる人間はもちろんのこと、防災を考える、または、普及啓発を行う立場にある人たちを意識して書いた本であると言えるだろう。さらに、一企業でできることの限界を知る・・・という意味でも、個人的には、企業の総務の方やリスク管理部の方にも読んでもらいたい本ではある。
■分かっていたのに、なぜ何もできなかったのか?
それにつけても思うのは、今回の東日本大震災の悲劇が多くの人によって予言されていたという事実だ。先日、読んだ「三陸海岸 大津波」しかり、この本しかり・・・である。山崎登氏は、2009年に執筆したこの本の中で既に、帰宅困難者の問題や津波に関わる問題を指摘している。そういえば、昨日聞いていたラジオ番組でも「原発の津波リスクや停電時のリスクについて、遙か以前から指摘していた専門家がいた」と言っていたような。後から後からこういった発言や発見があるが、結局のところ、可能性があると分かっていても(指摘されても)、なかなか行動にうつせないのが人間の性(さが)なのかもしれない。
「分かって(指摘して)いたのに、なぜ何もしなかったのか?」
その問いは良いだろう・・・しかし、個人や特定のグループを責める前提でこの問いかけを行うのではなく、組織の仕組みのどこに問題があったのかを明らかにする前提でこの問いかけを行うことが必要であると感じずにはいられない。
※Wikipediaによれば、NHKの解説委員とは、政治や経済などの各分野を独自の視点で取り上げ、視聴者にわかりやすく解説する役職、人物で、テレビ局の社員であり(主に報道局や報道部に所属)、解説委員がメインキャスターを務める報道番組(『ウェークアップ!ぷらす』、『時論・公論』、『NEWS サンデー・スコープ』など)もある。社員ではあるが待遇は役員クラスのことが多く、テレビ局における要職である。
20代後半から、今日にいたるまで毎日を全速力で駆け抜けてきました。疾走するスピードは毎年加速度的に増えています。 そんな自分の足跡を残したい、考えを整理したい、自分の学びの場としたい・・・こういった思いからこのブログを立ち上げました。とりわけ、読んだ本や雑誌、観た映画、その他遭遇した事件・・・などなど、思いの丈を吐露しています。
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