2018年8月26日日曜日

書評:送り火

月間、文藝春秋をほぼ毎号読んでいるので、第百五十九回芥川賞受賞作である「送り火」を読むことができた。高橋弘希氏の作品である。

送り火
著者:高橋弘希


主人公の歩(あゆむ)は、父親の仕事の関係で転校を繰り返す小中学生時代を送っていた。そして今度は、東京から津軽地方に引っ越してきた。学校ではすぐに友達ができ、晃、稔、内田、藤間とつるむようになる。晃がリーダー格だが、歩は、晃の言動の違和感に気づく。仲間内で罰ゲーム付きゲームをやっていると、晃は常に稔が負けるように仕向け、稔が罰ゲームを受けている姿を楽しんでいる一方で、内田や藤間が稔を侮辱したり意地悪をしたりしたときには、稔を馬鹿にするな!とキレる。歩は意地悪をするなどといったことはせず、上手く立ち振る舞っていたが・・・。(あらすじ)

晃に歪んだ感情を感じつつも、それにしたって中学生はそんな面もあるだろう・・・と、サスペンスやホラーでもなく、何気ない中学生の日常を読み進めていたのだが、物語は衝撃的なシーンで終わる。「えっ、ここで終わり!?」というのが読み終えた直後の率直な感想。だが、噛めば噛むほど味がでるスルメのように、、、反芻してみると、ジワッ、ジワッ・・・とこみ上げてくるものがあった。

「えっ、ここで終わり!?」が、読み終えて30分後には「あー、こういうのあるわ、ある、ある。」というのが感想に変わった。そして、晃や稔が持っていた感情や、性格というものが初めて腑に落ちた。

シンプルな物語の中に、シンプルじゃない人間性を見事に描ききっている。しかも、印象に残るストーリーで。

 

2018年8月23日木曜日

書評:人間失格

以前、巨大な鉄球が自分の腹の上に落ちてくる夢を見て、それが当たった瞬間に「おえっ!」と声を出して、目を覚ましたことがある。リアルと非リアルの曖昧な境目を体感した瞬間だった。

そんな曖昧さを持ち合わせた本だ。



私は今年で46才になる。えっ、今頃、と思うかもしれない。文学作品は若い頃にいくつも読んだが、実は「人間失格」は読んだことがない。いや、「人間失格」というより、いわゆる太宰作品は一冊も読んだことがない。「暗い」というイメージが強く、代表作と言われる「人間失格」はタイトルからして滅入りそう。わざわざ気が滅入る本を読めるか、そう思っていたからだ。

ではなぜ今頃になって、、、となるわけだが、又吉直樹さんの太宰治好きという話もある。文学作品を改めて読み直そうと思ったせいもある。この年齢になって、精神がだいぶ落ち着き、精神が落ち着いてきたせいもあるだろう。

『主人公の葉蔵は小さい頃から、道化を演じ周りを笑わせてことを荒だてないようにないように生きてきた。笑みをたたえていた人が自分に怒りの目を向けるその感情の変化に恐れおののいていたからだった。そうやって人の目を気にして、生きてきた人間が、成長していくと大人になった時、どんな人間になるのか、、、』

何がこの作品を有名にさせたのか?  爽快な気分になる内容か? そうではない。むしろ、読了後は不快感が漂った。ワクワクさせるストーリーなのか?  それなりに。ワクワクという言葉は正確な表現ではないが「主人公は一体どうなっていくんだろうか?」という思いがページをめくるパワーになっていたことは間違いない。

ただ、これだけの感想を聞くと「すごく読みたい」とは思えないだろうが、こうした感想とは別に「凄いな」と思ったことがある。それはリアルさだ。あたかも主人公の頭の中をリアルタイムでのぞいているかのような、、、不快感が自然に湧き出るほどだ。

加えて、今の世にも通じる「本質的な問い」が、そのリアルさを一層、際立たせる。

『けれども 、その時以来 、自分は 、 (世間とは個人じゃないか )という 、思想めいたものを持つようになったのです 。そうして 、世間というものは 、個人ではなかろうかと思いはじめてから 、自分は 、いままでよりは多少 、自分の意志で動く事が出来るようになりました 。』(本文より)

小説なのに、私自身も何かハッとした瞬間だった。他人に何か嫌なことを言われると、その瞬間、言われた当人はそれが世間の声と勝手に妄想してしまうことはよくあると思う。主人公のように自分に自信がない、人の目が気になる、、、がそういう傾向が強いだろうが、そういう人にとっては、何か言われるたびもビクッとして、、、最後は狂人にでもならねば生きてはいけないのだと思う。

そう考えた時、太宰治がこの作品を書き終えた1ヶ月後に入水自殺をしたと言うが、恐らくは感受性豊かで、そんな性格の持ち主であった著者である太宰治自身、他人の目を気にする当時に、生き続けるのは耐えられなかったのではないか、ふとそんなことを感じた(これはあくまでも私個人の超勝手な解釈であることを容赦願いたい)。

ちなみに現代も何か少しでもあるとSNSで炎上する時代であり、その意味ではある側面は太宰治の時代よりも窮屈な時代だと思うが、もし彼が生きていたらどう思っただろうか。

恐らくこの歳で読んだからそう感じることができたのだと思う。若い頃に読んでいたら、「なんて不快な」「何が言いたいんだ」と、それだけで終わっていたに違いない。

ところでもう一つ、感心させられたのが、その技法。実は主人公の話は、第三者が主人公の書いた手記を読んでいる体で、書かれていたのだということに最後の改めて気づかされる。そのような視点を与えることで、こちらとしては何か主人公を、もう一度俯瞰的に観察できる機会をもらえる。相当に練り込まれた作品なんだろうなぁということが伝わってくる。


この歳で読んだ方改めて文学作品の密度の濃さを体感させてもらった。満足感いっぱいだ。


2018年8月19日日曜日

書評:伊豆の踊子

ふと、文学作品を読み直してみよう。思い立って、まず手を出した一冊だ。文学作品なので正直、書評というとお恥ずかしい。もはや単なる感想文だ。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」

有名な一説だ。

伊豆の踊り子
著者:川端康成

 驚くべきことに、二十数年前に読んだはずの内容が、頭の中のどの記憶領域を探しても見つからなかった。改めて読んでみて、恥ずかしながら「あぁ、まさにタイトルどおりに踊り子さんたちの話だったんだ」が、最初に口をついて出た言葉だ。

主人公の島村は、伊豆の旅館に何度か滞在。そこで知り合った芸者とのやりとりが描かれている。描写が本当にあった話では、と思えるほどリアルで、当時の伊豆の芸者さんたちがどのような生活を送っていたかがよくわかる。物の本を読んでいると、どうやら実際に著者川端康成自身がその舞台になった伊豆の旅館に泊まり、この小説を書いていたようだし、作中に登場する火事の話などは実際にあった話なのだと当人が語っていたようだ。「なるほどどうりで」と思った。

加えて、描かれている男女の痴話は人類普遍の話で、昨日・今日あった友達の話として語られたとしても、違和感がない。人間は、物理的には進歩しているが、精神的には一歩たりと進歩してないのかなと感じずにはいられない。思わず笑ってしまう。

雪晒し(出典:雪国観光圏より)
文学作品に共通する特徴だと思うが、噛めば噛むほど味が出る昆布よろしく、時間が経てば経つほど、読めば読むほど、味がでていそうなところが魅力的だ。ちょうど今読むと、文中に登場するあまり使われない昔ながらの言葉・・・雁木(がんぎ)、雪晒し(ゆきざらし)、晒屋(さらしや)、縮(ちぢみ)、ハッテ、ラッセル、長襦袢(ながじゅばん)、繭蔵(まゆぐら)に、好奇心をくすぐられる。しかも、調べてみると「雪晒し」などは、今も場所によっては当時の伝統が引き継がれやられているという。ちなみに、雪晒しとは「雪が紫外線を反射することを利用して,晴れた日に雪の上に麻織物・竹細工などを並べて漂白すること」とのことらしいが、本当にやっているところを見に行きたいと思った。

文字で書かれた文章の塊なのに、色々な想いや知識を運んでくれる・・・文学作品の良さを久しぶりに体感した気分だ。


2018年8月17日金曜日

書評:「伝え方が9割」と「伝え方が9割②」

「なんだなんだ!!?? 美味い!! これは美味いじゃないか!!!」 気がつくとあっという間に平らげていた。自分のその様が、まるで漫画によくある一シーンを見ているようで、思わず苦笑してしまった。

きっかけは、実は中学二年生の息子が読んでいた本をチラ見したことだ。「まだ中二なのに、大人っぽい本を読んでやがるなぁ。何を大人ぶってるのかな。どれ少し見てやれ。どうせ大した本じゃないだろう」と、小馬鹿にしていた結果がこれだ。





本書は、コミュニケーションスキルをアップさせるための指南書だ。どう伝えたら、人の心を動かすことができるかについてのノウハウが書かれている。

「この領収書、落とせますか?」ではなく、「いつもありがとう、山田さん。この領収書、落とせますか?」
「デートしてください」ではなく、「驚くほど旨いパスタの店があるんだけど、行かない?」

こうした技法がたくさん、しかも体系的に紹介されている。なお、本書でカバーしているのは次の5つだ(いずれも著者のネーミング)。

・サプライズ法
・ギャップ法
・赤裸々法
・リピート法
・クライマックス法

「伝え方」を指南する本だけあって、本書自体とてつもなくわかりやすい。ウソではなく、20分で読めた。読めただけではなく、20分で消化できた。

ところで、後から知ったのだが、著者はどうやら情熱大陸にも出演されたようだ。それだけに本は飛ぶように売れている。「伝え方が9割」の続編、「伝え方が9割②」も出版されている。




では、この2冊、何が違うのか?両方とも読んだほうがいいのだろうか? 答えはイエスだ。「伝え方が9割②」の位置づけは、漢字ドリル②的な感じだ。「伝え方が9割」の内容をなぞりつつ、異なる事例を使い、読者自身がトレーニングできるようになっている。技法も、先に紹介した5つのに加え、新たに3つの技法がカバーされている。

・ナンバー法
・合体法
・頂上法

つまり、復習ができ、かつプラスアルファのスキルを学べる・・・それが「伝え方が9割②」の位置づけだ。


本書を、一言で語るなら「コミュニケーションバイブル」。そう呼べると思う。この本の内容を知るのと知らないのとでは雲泥の差があるし、できればふとしたときに見返したい本だからだ。私が本書に出会えたきっかけは・・・まぁ、偶然だが、出会えてラッキーだったと思う。 やはりなんでも興味を持って手を出してみるものだなぁ。

  

【コミュニケーションに関する類書】
企画は、ひと言(石田章洋)
聞く力(阿川佐和子)
超一流の雑談力(安田正)

2018年8月16日木曜日

書評:わかったつもり

本屋さんの棚を端から端まで、ざざざざぁーっと見ていた。なんとなくそのタイトルに惹かれて手にとったのがこの本だ。

わかったつもり 〜読解力がつかない本当の原因〜
著者:西林克彦
出版社:光文社新書


 そもそもなぜ、本書に惹かれたのか。それは自分自身が「わかったつもり」と格闘する場面が日々あるからだ。例えば、仕事の現場で何かを人に教えるとき。自分は難解な事柄をわかりやすく人に伝えるのが得意なほうだと思っているが、講師として現場に立つ際に「わからなかった点はないですか?」「少しでもわからなかった箇所があったら、おっしゃってください」と尋ねると、みんな「ないです」とか、「大丈夫です」と答えてくる。私だって理解するのに相当の時間がかかったものだから、一発で理解できるはず
はないのに。そう、みんな「わかったつもり」になっているのだ。みんなを「わかったつもり」にさせてしまっているのだ。どうしたら、そうした状況を打破できるのか、ずっと悩んできた。

そして、読んでみて・・・「霧が晴れてきた」

本書は「わかったつもり」とはどんな状態なのか、どうしてそのような状態に陥るのか、どうすればその状態から抜け出せるのか、について論理的に解説している。心理学の領域にも踏み込んでいる。ただ、誤解のないように言っておくが、決してアカデミックな難解な本ではない。むしろ、実践的な本だ。

実際、我々に「わかったつもりの状態」を何度も体感させてくれるところはお見事と思う。いくつもの例文を挙げ、読者を「わかったつもり」の状態を陥らせてくれる。そして、そこから「本当にわかった」レベルに行くためのヒントを見せてくれる。

ここでヒントとは、文脈やスキーマといったキーワードのことだ。詳しくは本書を読んで見てほしいが、スキーマとは認知心理学で用いられる言葉で「ある事柄に関する、わたしたちの中に既に存在しているひとまとまりの知識のこと」だそうだ。本書の表現を借りて、もう少しだけ説明すると次のとおりだ。

「布が破れたので、干し草の山が重要であった」

例えば、このような文章だけを見ても「???」となるが、ここに「パラシュート」という言葉を示されるとなんとなく意味が見えてくる。人か物体かわからないが、とにかく落下速度が大きくなり、地上に激突してしまいそうな状況が見えてくるようなイメージが見えてくる。このときの「パラシュートを使う場面であること」が文脈だ。そして「パラシュートは、落下速度を落とすもの。ただし常に完璧に衝撃を吸収するわけではないもの」「干し草は柔らかく衝撃を吸収してくれる性質がある」といった知識が総動員される。この知識セットが、スキーマだ。

著者は言う。文脈やスキーマを正しく捉えられていなかったり、誤解していたり、錯覚していたり、あるいは全く考えられていなかったり・・・。こうしたキーワードを取り巻く色々な状況が、「わかったつもり」を作り上げてしまうのだ、と。

そして、本書のお陰で、明日から早速、こうした点を意識してみようという気になる。

そのような意識になれたのも、本書が「わかったつもり」や「本当にわかった」状態を体感させれくてからこそだと思う。とても勉強になった。


2018年8月14日火曜日

書評:カップヌードルをぶっつぶせ!

日本人、という言い方はステレオタイプ的でよろしくないかもしれないが、私自身日本人なので許していただきたい。私を含め、日本人に感じるのは「正解を教えてください」という問いかけが多いことだ。実際に、仕事先でもそういった問いかけをいただくことが少なからずある。先日もTV番組を見ていたら、就職面接に失敗した女の子が「模範解答を教えてください」という質問をしていた。そう、我々には圧倒的に「考える力」が足りないのだ。しかし、世の中には、圧倒的に「考える力」を持っている人達もいる。今回紹介する書籍の著者も間違いなくその一人だと思う




本書は、日清の二代目社長である安藤宏基氏が、自身の経験から「経営者たるや」を語った本である。創業者は、言わずもがな、チキンラーメンやカップヌードルの祖、安藤百福(あんどうももふく)氏だ。安藤宏基(あんどうこうき)氏は、その次男であり、創業者の後を付いた二代目社長だ。そんな宏基氏が、日清の社長として舵取りをすることになったとき、どのようなことに苦労したのか、どうやって失敗・成功したのか、どういう新年に基づいて経営をしてきたのか・・・について余すところなく語っている。

経営者が自分の成功談を語る本は星の数ほどあるが、この本が特徴的なのは、創業者ではなく、二代目社長がペンをとったということだろう。だから、二代目社長が創業者ととことんぶつかる話や、偉大な創業者から受け継いだ会社をさらに伸ばすためにどのような工夫をしたか、という話は新鮮に写る。

本書を読んで、真っ先に感じたのは(偉そうな言い方はご容赦いただきたいが、あまりにも失敗している二代目を知っているので余計驚いたのだが)安藤宏基氏が親の七光りでは全くないということ。いや、それどころか、圧倒的な「考える力」を持っている人だということだ。その凄さに畏敬の念を覚えた。直感的に、セブンアイホールディングスの前会長、鈴木敏文氏ともイメージが重なった。鈴木氏も、セブンイレブンをここまで大きくする中で、とことん考え、アイデアを自らだし、信じたことには反対を押し切ってでも推進し、成功させてきた。本書でも、従業員がイノベーションを起こすよう、あの手この手で組織改革や仕掛けの話について触れられているが、やはりここぞというときに安藤宏基氏の頭脳と実行力が光って見えた。

感じたことのもう一点・・・それは、著者の言葉が、これまでに私が耳目にしてきた光る功績を残してきた著名人の言葉とおおいに重なる部分があるという点だ。重なった部分は言わば、成功者の共通要素と言い換えることもできるのではなかろうか。では、それはどのようなことか。いくつか例を挙げておこう。

共通点1)『創業者は、利益とは結果であって、それを目的としてはならない。会社はよい仕事をしたからもうかるのである。もうけ主義とは違う、といつもいっていた』

この点に似たことを、DMMの亀山会長が、彼の後釜にまだ34歳の猪子さんを選んだときのことを次のように言っていた。「面白いなと思ったのは、彼が”会社にとって一番大事なのは社会への影響力であって利益ではないと言ったことです」。熊谷GMOインターネット社長もやはり次のようなことをおっしゃっている。「ころになって、お金は最後で、あくまでも結果でしかないという風でないといけませんよね。利益は必要だけれども、お金も必要なのだけれども、それは結果でしかないというような精神状態になることが、経営者にとって非常に重要ではないかなと思います」と。

共通点2)『創業者の発想はだいたいにおいてシンプルである。いろいろな可能性や起こりうる事態を想定はするが、同時にあいまいな発想はどんどん切り捨てていく。すると問題の本質が見えてくるのだろう。』

なんとなくだが、かの故スティーブ・ジョブズ氏も同じような哲学を持っていたように思う。

共通点3)『あるとき、瀬島さんが、経営者は常に最悪のことを考えておくように。準備をしている人間はいざというときあわてない。私はふだんからオフィスや車の中に縄梯子を装備している、と危機管理の大切を話された』

これは著者自身が言ったというよりも、著者が関心したこととして挙げた師の一人である瀬島氏から学んだ言葉だが、「石橋を叩けば渡れない」の著者、西堀栄三郎氏の言葉を思い出した。西堀栄三郎氏は、南極観測越冬隊の一員だった人だが、氏は本の中で、「不測の事態に立ち向かうための有効策は、常に冷静沈着でいられるようにすることであり、そのためには”モノゴトは決して思い通りには起こらない“という事実を認識しておくことである」と語っていた。

共通点4)私も、少なくとも全ての管理職と、名前と顔は覚えておける程度の距離感を保ちたいと思っている。そのため、毎年春に三百人近い管理職全員の管理職面接を行っている。業務の合間を縫ってやるのだが、一人に最低30分はかける。全員終わるのに三ヶ月かかる。

これは人づてに聞いた話だが、リクルート創業者、江副浩正氏は、全国の営業マンが受注する都度、お祝いのFAXをその担当者一人ひとり宛に毎回、欠かさずに送っていたそうだ。大事だと感じることには手間を惜しまない・・・点が似ていると感じた。

共通点5)ブランド・マネージャー制度は「経営者の育成機関」


ブランド・マネージャーとは、製品群別の事業責任者を言うが、こうした機能軸ではなく、製品・サービス、いや事業軸で責任者をはっきりさせる組織改革は、先日、読んだ三枝匡氏の指摘、「日本企業で経営者が育たないのは、優秀な人財を機能別効率化の世界に放り込んだまま、晩年になるまで「創って、作って、売る」の全体経営責任を経験させないからである」を思い起こさせた。

このように、本書を読んでいると、「むむっ!」と思わされる場面が多かった。実際、写真のとおり、読んだ後の本に付箋がたくさんついている。

とは言え、次のように感じる人もいるに違いない。「所詮、世の中の、二代目社長にしか響かない本なんじゃないの?」と。答えはNOだ。安藤宏基氏が触れているポイントは、上でも既に例を挙げたとおり、二代目であろうが、三代目であろうが、そういったことに関係なく、どれも重要なことであることがわかるはずだ。二代目特有の「創業者とよくぶつかった」という話も、どんな立場にあろうが経営者同士がどれだけ本音でぶつかりあえるかが大事なはずで、特別な話ではない。


私は良い刺激をもらえた。


【成功した経営者という観点での類書】

書評:「全世界史」講義 古代・中世編

世界史をもう一度、ゼロからゆっくり勉強してみよう! そう思った。

「全世界史」講義 〜教養に効く!人類5000年史〜 古代・中世編
著者:出口 治明
出版社:新潮社


●教養深い出口さんが書いた世界史の講義本
本書は、タイトルどおり世界史の講義本だが古代・中世編、すなわち、メソポタミア文明が登場した紀元前1000年ごろから、寒冷化とペストが世界を席巻しモンゴル帝国が衰退していくAD1400年ごろまでの世界史をまとめたものだ。「古代・中世編」と呼んでいるからには、本書はシリーズもので、この続きとして「近世・近現代編」もある。

ところで、どうして本書に手を出すことになったのか。今更、世界史?と言われるかもしれないが、私も45歳になり、今更、知識欲というものが湧いてくるのだ。そこに、たくさんの本をお読みになり、深い教養を持つライフネット生命保険会長の出口治明さんが、書いた歴史教科書だというものだから、勝手ながら「さぞかし、面白いのではないか?」という期待を持って買った次第。

●世代ごとのテーマ設定と出口節
この講義本は、各年代、BC1000〜BC1、AD元年〜500、AD500〜700、AD700〜800、AD800〜900・・・などといったようなくくりで、大きなテーマを掲げ、その年代の中で各地域で起こった著名な事象を解説している。例えば、BC1000〜BC1に対しては「世界帝国の時代」と称し、最初の世界帝国アッシリアや、中国の統一国家「秦」について語っている。AD元年から500年にかけては「漢とローマ帝国から拓跋帝国とフランク王国へ」と称し、大乗仏教やローマ帝国の台頭などについて触れている。

もちろん、上記の並びで単に歴史を語っているだけでは従来の歴史教科書とあまり代わり映えしない。出口さん流の表現や考えが付け加わっていること、意外に詳しいところまで掘り下げていることが特徴と言えるだろう。たとえば、中国の老子について出口さんは次のように説明している。

『孔子は、ひとことで言えば現状を肯定した人です・・・“あくせく働いて高度成長して何になるのか。国を大きくするために禿山を作って、戦争をしてそれで幸せになるのか”これが墨子の発想です。孔子とは正反対です。高度成長を止めて、堅実に守りを固めて生活しようというのが墨子の思想です。一方で傍観者的な知識人も出てきます。“成長の是非などどうでもいい。精神の高みが大切だ”という考え方です。』(「全世界史」講義 古代・中世編 第二章 知の爆発の時代より)

●それでも難しい。知識欲という炎に対する油になった
読み終えてみて、思ったこと。それは「もう一回・・・今度は一ページ一ページの内容を咀嚼できるスピードで、ゆっくりと読んで世界史を頭に叩き込みたい」ということだ。知識欲を満たそうと思い買ったわけだが、返って知識欲が増殖してしまった。多少、読み方が悪かったこともあるかもしれない。せっかく、出口さんがマクロの視点で、テーマごとに歴史をまとめてくれているのだから、最初はもっとマクロの視点を意識しながら読むべきだった。なんとなく中身を読み始めてしまったものだから、ミクロに入り込んでしまい・・・カタカナの多さに頭が混乱してしまった。

しかも割と細かい。この本は学校の教科書に比べて理解しやすいに違いない・・・そう思って買うと痛い目に遭うかもしれない。本を読みながらとっていた私のメモを見返すと・・・惨憺たるものだ。

BC1000〜1:アッシリア帝国、秦
AD元年〜500:大乗仏教、ローマ帝国
AD500〜700:イスラム教の登場、密教、隋・唐
AD700〜800:イスラム帝国、イコノクラスムス
AD800〜900:製紙技術を基にしたイスラム大翻訳運動、ヴァイキングの侵攻
AD900〜1000:東ローマ帝国衰退、浄土宗・禅宗の登場
AD1000〜1100:ノルマン・コンクエストによるイングランドの建国、カノッサの屈辱
AD1100〜1200:・・・メモなし・・・
AD1200〜1300:パクス・モンゴリア、耳聴告白制、プリンス・オブ・ウェールズ、ジンギスカン登場
AD1300〜1400:寒冷化とペスト

上記のとおり、1200年から1300年ごろのヨーロッパの話は、ついぞ頭に入ってこなかった。勝手な贅沢を言わせてもらうなら、テーマごとにもっと強いストーリー性をもたせて、解説してほしかった。

とは言え、繰り返しになるが、更に世界史を深掘りしよう・・・というきっかけをもらったことは否定しない。特段、読みやすいとは言えないが、きっと歴史は色々な教材を斜め読みして興味を持てたところを深掘りしていく・・・そんなのがいいんだろうなぁ・・・と勝手に結論づけている。


【歴史を学べるという観点での類書】
学校では教えてくれない日本史の授業(井沢元彦)
学校では教えてくれない日本史の授業2 天皇編(井沢元彦)
井沢元彦の学校では教えてくれない日本史の授業3 悪人英雄論(井沢元彦)

2018年8月13日月曜日

記事評:The Case for Good Jobs (HBR2018.8)

ハーバード・ビジネス・レビュー(2018年8月号)のテーマは「従業員満足は戦略である」。その中の記事の一つ The case for good jobs (Zeynep Ton) は勉強になった。

「なぜ、よい職場を目指すべきなのか」「どうなれば悪い職場でどうなればよい職場なのか」について解説した論文だ。なお、ここで述べる「よい職場」と「悪い職場」の違いは、明確だ。

Zeynep Ton氏は、両者は、基本的に本社と顧客に接する現場との間における意思決定の仕方に違いがある、という。具体的には次のように言及している。

『職場環境のよい小売業者の場合、店舗従業員の生産性と顧客に提供しうるサービス水準の影響を考慮して本社が意思決定をする。たとえば、コストコの仕入れ担当者は、各店舗での従業員の仕事量に負荷がかからないように、新商品の導入タイミングを調整して商品が順番に店舗に運ばれるようにしている。』(出典:The case for good jobs (Zeynep Ton)  HBR2018.8)

すなわち、職場環境のよい企業では、本社と店舗の意思疎通は双方向に行われる。本社は現場の業務に影響を及ぼす意思決定をする際、店舗からの情報や意見を取り込む体制になっている。逆に言えば、これらができていない企業が「悪い職場」というわけだ。

これだけ聞けば、「当たり前のことでは?」と思うが、それができていない企業が圧倒的に多いらしい。そういえば、日本でも、数年前の「すき家」で問題が起きたことが思い起こされる。深夜に従業員一人にオペレーションさせ(ワンオペ)るのみならず、手の混んだメニューを展開して、大量の離反を招いた。また、最近でこそ、ファミリーマートはオペレーションを大幅に見直したとのことだが、私が大学生でバイトをやっていたとき、夜中のオペレーションは本当に大変だった。夜中に商品が納入されてくるが、その検品に苦労したのを覚えている。加えて、コンサルで現場に入ると、「本部は好き勝手言ってくる」「現場が本部の言うことを聞かない」といった発言が聞かれる企業も少なくない。

Zeynep Top氏は、「よい職場」戦略を推進するためには、大きく2つの要件が必要だと述べている。

①採用、研修、報酬、高い達成基準、従業員の意欲を換気する昇進機会を提供すること、つまりは人材への投資
②経営者が実現すべき四条件ー「集中と簡略化」「標準化と権限委譲」「複数業務の習得トレーニング」「余裕を持った業務内容」

だが、私にとってこの記事で最も印象に残ったのは、筆者の次の言葉だ。

『我々がインタビューしたコストコの店長たちは”店長は仕事の90%を教育に費やさなければならない”という、共同創業者のジェームズ・シネガルが繰り返し問いていた言葉を何度も使った。』

テクニカルに職場改善を進めることも大事だが、このコストコの「教育に90%」という意識がなによりも大事なのだと思った。この意識をみんなが持てていれば、行動も変わると思う。そして、これに関しては小売だとか業種を問わないと思う。果たして、同じことが自分の組織でできているのか?・・・そう問うたときに、恥ずかしくなった。

改めて足りないことを気づかせてくれた記事だった。

書評:面白くて眠れなくなる化学

「面白くて眠れなくなる」・・・ということはなかった。

面白くて眠れなくなる化学
著者:左巻 健男

最近、Youtubeサーフィンをしていると、過激な実験をしてView数を集めている動画に巡り合う。先日は、「ガラスなのに弾丸を壊す硬さ」の実験動画を見つけた。動画投稿者が、実際にそのスペシャルなガラスを作って銃で撃ち、弾丸が粉々に砕けるシーンを超スロー再生で見せる・・・そんな動画だ。このスペシャルなガラスは「オランダの涙(Rupert's Drop)」と呼ばれるもので、立派な実験と言える。強い関心を持って見てしまった。

この例のように、世の中には面白い現象がたくさんある。あるいは、普段、当たり前として捉えている事象が実は化学のちからのお陰なのだというものもたくさんある。そんな化学の事象の中から、我々が「えっ!?そうなの!?」「へぇー、そうだったんだ」と思えるものを選び出して、優しく解説してくれているのが本書である。

え!?どんなテーマを取り扱っているかって? 例えば、ニトログリセリンの話。ニトログリセリンと言えば、ノーベル博士を思い浮かべるが、意外にそれがどうやって爆発するのか、どの程度の影響力を持つのか、知らない人も多いはずだ。あるいは、ダイヤモンドを燃やす話。そう、ダイヤモンドは炭素でできているから、理論的には超高熱で燃え、炭になるはずだ。しかし、実際のところ、実験材料となるダイヤモンドは高価だし、家で手に入る道具・・・例えば、マッチやろうそく、ガスコンロなどで、そんな簡単には燃えないから、「ダイヤモンドが本当に燃える」ことの証明実験をする人は稀有だ。しかし、著者はそれを実際にやってのけた。そしてその内容について紹介している。

ただ、こうやって話すとすごく面白そうな本に聞こえるだろうが、冒頭に述べたとおり「面白くて眠れなくなる」というほどではなかったのが率直な感想だ。なぜって、化学実験の話だから、やはり本だけで楽しむには限界があるからだ。事実、私は左手に本書、右手にiPadを持ち、テーマごとにYoutubeで関連する実験動画を探しながら読んだ。また、本書が取り扱っているテーマの中には、あまり興味を持てないものも少なからずあった。「ケーキの銀色の粒の正体は?」とか、「ファーブルが語る化学の魅力」、あるいは「缶詰のみかんのひみつ」・・・など、正直、その「問い」自体に興味を持てなかった。

読んで勉強になったこともある。「アルカリ性食品は体に良い」という話や「コーラを飲むと歯や骨が溶ける」「温泉・入浴」をめぐるウソ・ホント」における著者の解説は、自分の無知を気づかせてくれた。

というわけだから、私は本書を買って後悔はしていないが、誰しもに進めたいと思う本ではない。本書に対する好き嫌いは人によって分かれるところだろう。


【類書】
感じる科学(さくら剛)

2018年8月12日日曜日

書評:V字回復の経営 〜2年で会社を変えられますか?〜

本書の帯にはシリーズ累計60万部、いや80万部とある。もっと売れていてもいいのでは? それが私の率直な感想だ。

V字回復の経営 〜2年で会社を変えられますか〜



●企業再生のケーススタディ
東証一部上場で売上高3200億円。太陽産業である。その太陽産業が抱えるアスター事業は赤字を拡大させていた。これまで幾人かに事業の立て直しを命じてきた。コンサルを入れて改革を行おうとしたこともあった。いずれも失敗に終わってきた。どうするのか。香川社長は、最後の切り札を使うことを決心する。東亜テックの立て直しを成功させた東亜テック社長、黒岩莞太を送り込むことだ。黒岩莞太は快諾。2年で立て直せなければ、責任を取るという背水の陣で臨む。果たしてV字回復できるのか、どう立て直すのか、どんな壁が立ちはだかるのか、その難局をどう乗り越えるのか…。

●なぜ誰しもが読むべきか
本書が最高の本の1冊である理由として、4つ挙げることができると思う。

1つは、会社経営の本質に迫る題材であることだ。私自身、コンサルタントとしていろいろな企業に入り込む機会が多いが、ぶつかる壁やその組織に感じる課題について、本書が指し示す内容とほぼ一致している。文中に登場するフレーズの中でいくつかの例を以下に挙げておこう。
  • 企業戦略の最大の敵は、組織内部の政治性である
  • 激しい議論は、成長企業の社内ではよく見られが、沈滞企業では大人げないと思われている
  • 計画を組む者と、それを実行する者は同じでなければならない
  • 本来なら社長を首にすることもできるはずの権威ある取締役という職位を、ここまで堕落させたのは日本だけだ
2つには、話がリアルな題材に基づいているものであることだ。本書のプロローグでも著者が言及している。「本書のストーリーは、私が過去に関わった日本企業五社で実際に行われた事業改革を題材にしている。この五社は、いずれも東証一部上場企業ないし、同等規模の会社である。」と。機密情報保護の観点から、手を加えて架空の会社に仕立ててはあるが、骨組みはリアルに起きた事例に基づいている。

3つには、そうしたリアルな成功・失敗体験を追体験できることだ。同著者の著書「戦略プロフェッショナル」もそうだったが、小説仕立てになっており、読んでいくだけでV字回復を目指すタスクフォースメンバーの視点に立つことができ、あたかも自身がその場にいるかのような感覚になれる。リアルな現場にいなくても、それが経験できる・・・得した気分になれる。

4つには、純粋に小説として面白いこと。おそらくリアルだから余計にそうなのだろうが、読み物として普通に面白い。経営、赤字、V字回復・・・といったワードが踊る本は何かと重たそうで読む気が起きないが、著者の文章への落とし方が上手なのか、楽しく読める。

●なるほどと思う瞬間
おそらく読む人のバックグラウンド、つまり役職や経験などによって「なるほど」と思う瞬間は様々だろう。

たとえば、私が、最も「なるほど!」と思った瞬間の1つは、「攻めの成長会社では、ラインの責任者が自ら議事を組み立て、自ら進行を取り仕切り、自ら問題点を指摘し、自ら叱り、自ら褒めることをしている」というフレーズだ。偉くなってくると、ついついOJTという名の下、他の人に議事進行を任せてしまうことがある。それでいて進め方にイライラする・・・なんてこともよくある。

また、「一、二年で変わることのできない組織は、五年経っても、十年経っても、変わりっこない」というフレーズにも心を打たれた。組織文化を変えるのは時間がかかる作業であり、「3年、5年、10年スパンで考えるべきだ」とはよく言われることだ。でも、そうしたフレーズが、頑張らない言い訳に使われてしまっているということも確かにあるだろう。

さらに、「戦略内容の善し悪しよりも、トップが組織末端での実行をしつこくフォローするかどうかのほうが結果に大きな影響がある」というフレーズも強く印象に残った。部下は数字につながることばかりを優先しがちだが、そもそも戦略は「明日」というよりも「来週」「来月」「来年」を意識したものが多く、どうしても推進力が弱くなりがちだ。かと言って、子を叱る親のようにしつこく「やったのか?」「やれてないのか?」「何がハードルなんだ?」など聞いていると、相手をうんざりさせてしまうし、果たしてトップがそこまで突っ込むべきかという疑問もある。「突っ込むべきなのだ」というのが著者の解だ。

最後に、これは普段から自分が持っていた疑問に対するヒントをもらえたなということなのだが、著者による次のような指摘だ。「日本企業で経営者が育たないのは、優秀な人財を機能別効率化の世界に放り込んだまま、晩年になるまで「創って、作って、売る」の全体経営責任を経験させないからである」。私もいろいろな組織に入り込んで「次世代の経営者が育ってないんだ」という悩みを耳にしてきた。これが商社や銀行の場合だと子会社をたくさん持っているので、そこに送り込んで経営を経験させるということもできる。だが、子会社を持っていない組織はどうすればいいのか・・・そう思う人達も多いはずだ。子会社を持たずとも、組織のあり方一つで、経営責任をもたせる・学ばせるということはできるのだ・・・本書を読んだおかげで、それを改めて実感することがでけいた

●執行役員クラスはぜひ読んでおきたい

会社の一人ひとりが、会社の命運を握っていることに鑑みれば、自分の職位がどうであるに関係なく、会社で上に上がることを目指した社員全てが対象読者と言えるだろう。ただ、組織でそれなりに権限や責任を持っており、影響力がある立場の人、すなわち、事業部長や執行役員以上は絶対に読んでおくべき本だろう。特をすることはあっても、読んで損をするなんてことはないはずだ。


【類書】
戦略プロフェッショナル(三枝匡)

2018年8月9日木曜日

書評:OKR 〜シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法

シンプル・イズ・ベスト・・・とはよく言ったもの。どんなに立派な手法でも、複雑で覚えられなければ意味がない。それを純粋に体現した手法が、このOKRだろう。

OKR(おーけーあーる)
〜シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法〜
日経BP社



■チームパフォーマンスを最大化させるマネジメントツール解説書
本書は、組織の目的達成を促進するための効果的・効率的な手法の解説書だ。ここで言う組織とは、会社全体にとどまらない。事業本部全体、部、課、グループなど、ありとあらゆる組織に用いることができるものだ。グーグルなどでも採用している手法らしい。

それはどんな手法か。OKR(おーけーあーる)と呼び、OはObjectives、すなわち目的の略称だ。組織において「何を実現したいのか?」を定性的に表したものだ。たとえば、「○○地区で、法人向けコーヒー小売直売市場を勝ち取る」といったように。そして、KRはKey Resultsの略で、鍵となる目標指標のことだ。Oで示す目的の達成につながる、KPI(パフォーマンス指標)のようなものだ。たとえば、成長率○%を目指す、といった感じになる。

■ザ・ゴールのような物語形式
本書の特徴は、2点ある。一つは、著者自身が「OKR」という手法に習ってか、伝えようとしているメッセージが極めて明確であるという点だ。OKRはなにか?OKRをどのように使えばいいのか?何が落とし穴で何が成功要因か?ただひたすら、それだけを伝えようと努めてくれている。読んでいるこちら側としては、OKRの実践方法を何度も刷り込まれているような感じになる。

もう1点は、物語形式であることだ。それも中途半端な小説ではなく、しっかりと登場人物のキャラクターを設定し、起業家たちがどうやって脇道にそれて失敗していくか、そこにOKRを導入することでどのように変わっていくかを描いている。まぁ、著者が外国人ということでケーススタディも外国企業ではあるが、日本人である我々にも十分に理解できるし、共感できる内容だ。読みやすいし、あっという間に読み終えることができる。

■実はOKR以上に大切なこと
よくよく考えてみると、OKRはもっともらしいことを言ってはいるが、「当たり前のこと」でもある。こんな当たり前のことを書いた本に読む価値があるのか。私の答えはYESだ。なぜなら、「当たり前のこと」ではあるが、同時に多くの人が「誰もが陥りやすい落とし穴」にハマっていると思うからである。もちろん私も例外ではない。l本書はOKRという手法もさることながら、「落とし穴」にはまらない方法について指南してくれている。実はそこが一番大事なのではないかと思う。

私で言えば、会社でよく全体目標設定をしたり、週次で達成状況を追いかけたりしているが、「多くの目標を立て過ぎ」という落とし穴にハマっている・・・ことに気が付かされた。わかってはいたが、ついついやってしまう。

■課長から経営者まで
さて、このOKRという手法が非常に良いなと思ったのは、シンプルなメカニズムだということ。そして、どういう組織単位にも適用しやすいということだ。考えても見よう。もしこの手法が会社全体に導入しなければいけない経営管理ツールだとするならば、読者の立場によっては「重たすぎて、明日から実践するには難しい。無理だな。」で終わってしまうかもしれない。でも、一グループからでもパイロット的に導入することが可能な手法なので、誰もが「まずやってみよう」という気になれる。そこがいい。

そう考えれば、組織のリーダー、すなわち、課長・部長・事業本部長・社長・取締役・・・どういう単位であっても、組織のリーダーを担う人であり、本書の趣旨に少しでも興味を持てる人であれば、対象読者と言えるだろう。最後に本書に書いてあった次の言葉でしめたい。この言葉の価値を感じることができるなら、読むべきだ。

『重要なことはめったに緊急でなく、緊急なことはめったに重要でない』(ドワイト・アイゼンハワー)


【経営管理手法という観点での類書】
ザ・ゴール(エリヤフ・ゴールドラット)
戦略プロフェッショナル(三枝匡)

2018年8月6日月曜日

書評:天才はあきらめた

「山里亮太の脳内」そのもの。読み終わった直後は、疲労感。だが、そこには大きな学びもあった。

天才はあきらめた
著者:山里亮太
朝日文庫


■山ちゃんののし上がり半生
南海キャンディーズの山里亮太、山ちゃんが、お笑い芸人として有名になるまでの半生を綴った本だ。山ちゃん曰く「天才じゃない自分」・・・そんな自分がどうやって「劣等感の塊」を武器にして、のし上がってきたか、これまでの心の内を描いている。後半、彼自身が書きなぐった生々しいノートの写真も掲載されている。

「忘れるな!!必ず復讐する!!」
「バイト先で”お前は売れない”と言ってサインを破り捨てたジジイ、売れた後、絶対にサインは断る...」

■天才?凡才?
そもそも私が、この本を買おうと思ったのは、彼を番組で見ていて、お笑いの天才だと思ったからだ。お笑いの天才が、「自分は天才じゃなく、凡才だ」とのたまわる。何を言うかと。それが逆に私の興味をそそり読みたくなった。

確かに読み始めは、タイトルも「天才(になること)はあきらめた」となっているし、文中、「コンチクショー!」と叫び続ける場面が多いので、山ちゃんは凡才なんだ。凡才が天才に勝つためにここまで努力しているんだ・・・という印象を持たされる。だが、最後まで読み切って改めて感じるのは、彼の根性・努力の凄さ。「生まれながらにしての笑いの天才」ではないかもしれないが、間違いなく「努力の天才」だと思う。私の中ではイチロー選手を彷彿とさせる。

彼が世界が、熾烈を極めた戦いを繰り広げる「お笑いの世界」であるからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。山ちゃんが壁にぶつかり落ち込む場面を数多く語るが、それは彼が駄目なのではなく、彼が戦っているフィールドが半端なくシビアなのだということ。実際、昨日まで後輩だったコンビが、ある日、突然売れっ子になる。しかもそれを誰もがわかる順位という形で見せつけられる。これだけハードな世界があるだろうか。

■ポジティブシンキング術の一つの形
山ちゃんの生き方は、よく考えればいわゆるひとつのポジティブシンキング術である。

彼はこういう。「腐るのではなく全てをパワーに変換する。何か嫌なことがあったらこの”変換”を真っ先に頭に置く。」  そういえば先日見たインタビュー記事で、こうも言っていた。「でも、そうやって僕が嫉妬している時間は、嫉妬されている人のウイニング・ランの時間なんですよ」※
※「良い嫉妬」こそ、凡人が成長する武器だ by NewsPicks

ちなみに、私が個人的に学んだことがもう一つ。それは彼の次の言だ。「最後のゴールはなにかを見つけて逆算するという行為は、すごく大事だとこのとき気づいた」。彼の人生そのものが、これが正解であることを如実に語っている。

■本音満載。疲れるが、読み応えあり
この本がすごいのは、ここまで書くか・・・というくらい、彼のダークサイドな部分を白日のもとにさらしていることだ。単に、劣等感を感じた場面だけではない。過去に彼が組んだパートナーにしたひどい仕打ち・・・端的に言えば、ハラスメントのような行為・・・も全て隠さず吐露している。

そういった意味では、正直、疲れる本でもある。疲れる・・・疲れるが、それだけ本音に迫っているということがわかるし、そこで彼が語る学びは重みがある。ただし、一つだけ気をつけてほしい。本書を読めば、誰もがみんな成功できる。そういう本ではない。なぜって、彼のような努力をできるのはおそらく一握りだからだ。


2018年8月5日日曜日

書評:失敗の研究 〜巨大組織が崩れるとき〜

雪印、理研、ロッテ、三井レジデンシャル、GM、そごう、化血研、東洋ゴム、ベネッセ、マクドナルド、カネボウ・・・

過去に大きな失敗をした組織に何が起こっていたのか・・・取材を通じてその事実を明らかにするとともに、そこに見て取れる共通要因について筆者なりの考えをまとめた本である。

失敗の研究 〜巨大組織が崩れるとき〜
金田 信一郎



細かく観察していくと、それぞれの組織で起きた事件の背景や内容は異なる。が、しかし、そこにはなんとはなしに共通要因も見て取れる。そして、筆者の細かい分析を読み込まずとも、そこにある事実を読むだけで、なんとなくその共通要因を認識できる。本書を読むと、誰もが陥る可能性のある企業失敗の要因の深淵を覗き込んでいる感覚になれる。

そこには、責任の所在が曖昧、現場を見ない経営、潰れないという慢心、利権の誘惑、風通しの悪さ・・・いろいろなキーワードが浮かび上がってくる。

とりわけ、「責任の所在が曖昧」というキーワードは、印象深く残った。なぜなら、自身の経験則でも身近に感じることができる問題点だからだ。たとえば、私が過去に従事したプロジェクトでを事故を起こしたときというのは、「あの人に任せていたんだけど・・・」とか、「いや、私は忙しかったんで体制には名前が入っていたけれど、実際はそこまで見ていなくて・・・」みたいな当事者意識のなさに起因することが多い。

では、本書が取り上げた実企業ではどうだったのだろうか。たとえば、雪印は1955年と2000年に似たような事故を起こして倒産と相成ったわけだが、当時の組織は複雑で、レポートラインもぐちゃぐちゃ・・・誰が意思決定したかわからないような状態だったという。マンション傾斜問題を引き起こした三井レジデンシャルでは、三井不動産に建設を丸投げし、そこには様々な下請け企業が関与していた。工事体制が複雑なのはある意味、雪印の組織図の話に似ている。スタップ細胞問題を引き起こした理研でも、小保方さんを始めとする研究者全員に少しずつ当事者意識が欠けていたのではないかという話だった。

小さい企業でも大企業でも、一緒だ。そう思った。

さて、ここでは一例として「責任の所在が曖昧」・・・を中心に取り上げたが、筆者はそれ以外にも他の共通要素についても述べている。それについては本書を読んでもらえればいいと思う。同じ轍を踏まないようにするためにも、そこまで深く考えず、身構えずに、この本を読むだけ・・・それだけで、リスク感度があがることは間違いない。

企業経営者は「成功のための自己啓発本」を読むのもいいだろうが、たまにはこうした企業の失敗事例・・・を一読すべき本だろう。そこには企業の大きいも小さいもない。


書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...