奇跡の教室 ~エチ先生と奇跡の子どもたち~
著者: 伊藤氏貴
出版社: 小学館
今でこそ超名門校だが、当時まだ公立校の滑り止めでしかなかった灘(なだ)。冒頭の言を発した教師は、この学校で薄っぺらい文庫本「銀の匙(ぎんのさじ)」一冊だけを3年間かけて読むという型破りな国語授業を行った。教え子たちは、灘に私立初の東大合格者数日本一の栄冠をもたらす。そして今、東大総長・副総長、最高裁事務総長、神奈川県知事、弁護士連合会事務総長・・・要職につき各界で活躍している。伝説とまでうたわれるようになったその教師の名は、橋本武 (2012年で満100歳)。
- 橋下武先生は、本当にそんな授業を行ったのか?
- 具体的に、どんな授業内容だったのか?
- なぜ、そのような授業を行ったのか?
- そして、なぜ、結果を出せたのか?
- 教え子たちは、今、何を思うのか?
冒頭の言をはじめ、本書には生徒を教える教育者として、あるいは子を育てる親として、ハッとさせられるメッセージが数多く登場する。それが本書の魅力の1つでもある。
『"自分が中学生の時に国語で何を読んだか覚えていますか?私は教師になった時に自問自答して愕然としたんですよ。何も覚えてないって。』
『国語はすべての教科の基本です。”学ぶ力の背骨”なんです-』
『私は”教え子”ということばで卒業生を呼んだことはない。教師と生徒との関係の限界を知っているつもりだからである。』
しかし、何と言っても本書最大の魅力は、教育の本質をとらえた橋本武先生の教育手法の紹介だろう。一冊の本をとことん味わい尽くす・・・本書は、そんな橋下武先生の教育スタイルをスローフードならぬスローリーディングと呼ぶ。スローリーディングと言っても、単にゆっくり読むのではなく、そこに登場する言葉、情景、心情・・・文字の一言一句を大切にし、丁寧に観察し、”追体験”することを指すのだ。たとえば、主人公が金太郎飴を食べている描写があれば、実際に生徒にも金太郎飴を食べさせ・・・同じ状況を味わいながら読み進める、といった具合である。
ところで、スローリーディングを知るにつけ、ふと、思う。成果を伴った教育というか学問というか・・・そういったものには、一つの共通点があるなと・・・。
「ハーバード白熱日本史教室」の北川智子先生は、日本史の授業で、単に文字を追わせるだけでなく、当時の音楽を聴かせたり、地図を自ら作らせてみたり・・・アクティブティーチングと呼ぶそうだが・・・そういった手法を使って、五感をフル活用し歴史の追体験をさせる。
NHK番組プロフェッショナル仕事の流儀でも採りあげられ、日本中の教師から注目されている菊池省三先生は、小学生に1つのテーマを与え、自ら調べさせ考えさせ、ディベートをさせている。また、普通であればやらされ感いっぱいの運動会において、生徒自身に運動会での踊りの振り付けを創作させるなど、生徒に考えさせる機会をとにかくたくさん演出している。
お金がなく学校に通うこともままならなかったが、教育者の助けなく、自ら似たようなことを実践し、結果を出した若者もいた。「風をつかまえた少年」で有名になったウィリアム・カムクワンバ少年だ。彼は、自転車のライトをつけるモーターに興味をかきたてられ、廃材を利用して自分で実験し、図書館に足を運び独学で発電の仕組みを調べ、ついには風力発電を作り上げてしまった。
”奇跡の教室”・・・本書を読めばこの言葉が嘘ではないことがわかるはずだ。
【”教育”の本質に迫るという観点での類書】